2013年7月6日

日本ラテンアメリカ協力ネットワーク『そんりさ』連載記事より(その4)


CLIJALの活動から~ 心をつなぐ心配ひきうけ人形

内野史子



 今回は、私たちがよくワークショップでとりあげてきた「心配ひきうけ人形(スペイン語でmuñeco de quitapenas またはmuñeco de quitapesares)」のことをお話ししましょう。

心配ひきうけ人形と外国籍の子どもたち
私がこのお人形に出会ったのは、アンソニー・ブラウンという英国の絵本作家の『びくびくビリー』(評論社)の絵本の中でした。いろいろなことが心配で眠れないビリーに、おばあちゃんがくれたのが、この小さな心配ひきうけ人形でした。心配ごとを人形に打ち明けて、枕の下に入れて眠れば、人形がかわりに心配してくれるから、ぐっすり眠れると。そして、この絵本の最後に、このお人形はグアテマラに昔から伝わる人形だと紹介されていました。
中米の小さな国グアテマラで作られるという、この手のひらにのるくらいのお人形の話に私はすっかり魅せられました。しかも驚いたことに、外国の民芸品を扱う近所の店で、絵本で見たとおりの、本物の心配ひきうけ人形が売られていたのです。この絵本の読み聞かせの後に、子どもたちにお人形を配る―そんな光景が、ふと頭に浮かびました。
実は私は、自分の住む千葉県八千代市の小学校で読書指導員をしています。勤務している小学校の児童数160名のうち11名が南米を中心とした外国籍児童(3.11以前には約1割いました)ですが、こうした子どもたちの日本語支援の授業でも、絵本の読み聞かせをする機会があります。これまでにも、プエルトリコからアメリカに引っ越してきた移民の少年の話『ぼくのいぬがまいごです!』(エズラ・ジャック・キーツ&パット・シェール作/徳間書店)や、ボリビア人の父親と日本人の母親の間に生まれた少女が、両国の文化を比較して語る絵本『わたしはせいか・ガブリエラ』(東郷聖美作/福音館書店)など、外国籍の子どもたちに共感できそうな絵本を選んで読んできましたが、『びくびくビリー』は、中南米に限らず、どの国の子どもにも通じる、“不安な心”を軽くしてくれそうな絵本です。絵本の読み聞かせの後に、グアテマラから渡って来たお人形の実物を見せれば、それは非常にわかりやすい異文化理解のきっかけになると思いました。
この私の思いを実現する機会は、2011年の夏、八千代市在住の全外国籍児童を対象として行われた夏休みの日本語教室「サバイバル日本語教室」でめぐってきました。アジア、南米、アフリカ国籍の18名の子どもたちに『びくびくビリー』の読み聞かせをし、地図でグアテマラの位置を確認後、この2センチほどしかないお人形をひとりひとりの手のひらに載せてプレゼントできたのです。子どもたちはお話を楽しみ、あまりの小ささに驚きながら、絵本から飛び出してきたような本物のお人形を喜んで持ち帰りました。


心配ひきうけ人形は、グアテマラに昔から伝わるものか?
この実践の報告が、201112月の図書展でこのお人形のワークショップのアイデアにつながりました。しかし、作り方の情報を集め始めたとき、「でも、グアテマラの伝統的な人形っていうのは本当?」という疑問が浮上しました。そこで資料を探したりグアテマラに詳しい方にたずねたりして調べましたが、ある外国人男性もしくは旅行者が作り始めたものが広まったようだということ以上は判然としません。伝統ではないが、民族衣装のはぎれや糸を活用して民芸品となり、現金収入の元となったのかもしれません。ともかくグアテマラの民芸品として定着しているのは確かなので、お人形づくりのとき、はっきりしないこと自体も情報として、この由来探りの過程も説明しようという結論に至りました。
また、この調査の過程でうれしい出会いもありました。グアテマラ育ちのIBBY(国際児童図書評議会)元会長アルダナさんにたずねたとき、チリの団体Lectura Vivaのマリアヘさんが、2010年2月の地震のあと、この人形を子どもたちと作っていたという情報を得ました。連絡をとってみると、マリアへさんは、地震のあと不安をかかえる子どもたちに絵本を届ける活動を始めたとき、絵本を読んで人形を作る活動をしていたことがわかりました。お人形が縁で出会ったこの南米の地震国の子どもたちのことも、日本で伝えていきたいと思いました。

心配ひきうけ人形から広がる輪
モール1本と短く切った毛糸4色を使って、子どもでも簡単に作れる私たちの心配ひきうけ人形は、グアテマラの職人が作る動画やアメリカで活動するスペイン語教師の方のサイト等などを見て、メンバーの一人があみだしました。小さく切った布を巻けば、女の子になります。図書展では、由来やチリの子どもたちのことを説明したパネルを展示し、『びくびくビリー』の読み聞かせをしてからお人形づくりをしました。最近眠れないから、と一生懸命お人形を作る少女、眠れないのは子どもだけじゃないわ、と苦笑いしながら楽しむご婦人……。作り方を説明する私たちも、指を動かす参加者たちも、ビリーのお話を聞いてからのお人形作りは何か特別なものができあがるわくわくする気持ちを感じずにはいられません。そして、出来上がった、それぞれに個性のあるお人形たち。参加した男性までがうれしそうに持ち帰る姿に思わず笑みがこぼれます。
その後、メンバーの一人がラテンアメリカを描いた絵本について若いお母さん方に話をする機会があり、そのときにもこのお人形づくりをしました。自分でお人形を作って持ち帰ることで、中南米を身近に感じ、講演もより印象深くなったようでした。絵本、この心配を引き受けてくれる頼もしいお人形とその背景、そして自らの身体経験の3つセットにしてラテンアメリカに近づけるこのワークショップに手ごたえを感じています。ご興味のある方は、会までご連絡ください。多くの出会いにつながればうれしいです。