CLIJALの活動から~ 白いハトがやってきたら…
伊香祝子
今回は、アルゼンチンの民話に登場するメツゴシェ(Metzgoshé)というヒーローをご紹介します。メツゴシェはアルゼンチン北東部パラナ川流域に暮らす先住民コム(Qom)の伝説にたびたび登場する人物です。
アルゼンチンに先住民族…というと驚かれる方も多いかもしれません。全人口にしめる先住民族人口が1.7%(約60万人 2005年国立統計局統計)という数はたしかに少なく見えます。しかし、2011年にアルゼンチンを訪問した当時の国連特別調査官アナヤ氏は報告書のなかで、統計の取り方次第では200万人にのぼる可能性も指摘しており、複雑な背景を感じさせます。
話を元に戻すと、コムはアルゼンチン北東部からパラグアイ、ボリビアに広がるグラン・チャコ地域を中心に暮らす先住民族の一集団で、アルゼンチンにはおよそ4万7千人(05年の統計)が住んでいると言われています。そのコムの人たちのあいだで語り伝えら
れるメツゴシェとはどのような人物なのでしょうか? アルゼンチン出身の作家・人類学者コロンブレスの『アルゼンチンの神話上の存在たち』によれば、メツゴシェには大きく分けてふたつの人物像があります。
ひとつめのメツゴシェ像は、コムの神“K’atá”が人類を作りだした時、最初に地上に送った男性で、あとから送られてきた男たちに、釣りや狩りの方法を教え、はちみつの採集法や弓矢、網の作り方などを伝授したそうです。また、家の建て方や、山や水辺に潜む危険
性について、動物たちから教わったことなども彼らに伝えたと言われています。もうひとつのメツゴシェ像は、ヨーロッパ人との接触の歴史が織り込まれたもので、チャコの他の民族や、コムの土地にやってきたキリスト教徒たちと闘ったというものです。現在のコム
の土地が含まれる北東部のフロンティアは、19世紀末から20世紀の初頭にかけてアルゼンチン領に編入されていくのですが、伝説のなかの「キリスト教徒」は、アルゼンチンでは独立の英雄と目されている軍人サン・マルティン(1778-1850)に率いられた人たちを指しています。
私がメツゴシェの名を知るきっかけとなったのは、一昨年亡くなったアルゼンチンの児童文学者グスタボ・ロルダン(1935-2012)の『先住民たちが語ったお話』というお話集です。チャコ生まれの彼の作品には、機知に富む動物たちが主人公の物語が多いのですが、このお話集は、ロルダンが、北東部の先住民コムのほか、グアラニ、ウィチ(かつてはマタコと呼ばれていた)の人たちのお話を書き記したものです。
そのなかの一話「白いハトが飛んで来たら」は、「自分の土地で暮らすことは、簡単にはいかないことだ」という文で始まります。メツゴシェと彼の仲間たちは、ベルメホ(パラナ川の支流の一つ)をさかのぼり、遠い「ブエノスアイレスと呼ばれるところ」から来た白人たちと、自分たちの土地を守るために弓矢や槍をとって何度も闘います。馬を自在にのりこなすメツゴシェは、向かうところ敵なしの強さで、どんな銃弾も彼を倒すことはできませんでした。しかしあるとき、大きな船団に、武装したたくさんの兵士と大砲を積んでやってきた白人たちを見て、メツゴシェはこの戦いに勝ち目がないことを悟ります。そして、「上官の命令に絶対服従で、自分の頭で考えることをしない」白人の指導者と交渉を始めたメツゴシェは、最後まで抵抗しようといいつのる息子や他の人びとを「抵抗し続けるためには生きつづけなくてはならない」と説得し、仲間の安全と引き換えに自分が人質となると申し出ます。牛の皮に包まれ、船に鎖でしばりつけられたメツゴシェは川の中を引かれていくのです。いつか彼らの村に白いハトが飛んできたら、それは自分が死んだという意味だ、と言い残して。物語の最後は、「白いハトはまだやってこない」と結ばれます。
このようなできごとは昔の話ではありません。遺伝子組み換え大豆が主要な輸出品として広く栽培されるようになったこの20年近くのあいだに、アルゼンチン北部では農地を拡大するため、さまざまな手段で先住民の人たちの土地が奪われています。そんなニュースを聞くたびに、メツゴシェはいまも必要とされていると、私は感じるのです。
参考文献
Colombres, Adolfo “Seres mitológicos argentinos” Emecé, 2000
Roldán, Gustavo “Cuentos que cuentan los indios” Alfaguara, 1999
Chiaramello, Fabián “La soja desaloja” SURsuelo 20, nov. 2011 http://sursuelo.blogspot.jp/2012/11/la-soja-desaloja.html