2012年10月27日

The Storyteller's Candle / La velita de los cuentos

日本の図書館などの催しでよく行われる、お話し(ストーリーテリング)は、19世紀末の米国(アメリカ合衆国のこと。以下同)の一部の図書館から始まったとされています。読み聞かせとは違って、このストーリーテリングは、語り手は本を媒介とせず聞き手に直接語りかけるようにして、自分の頭のなかに入れてあるお話をします。ときにはろうそくの灯りのもとでお話を語ることがあるようで、本書のタイトルもそこからきています。
 舞台は1929年の冬、ニューヨーク。ほんの数ヶ月前に故郷のプエルトリコからニューヨークにやってきたイルダマールは、家族や親せきとともに暖かいプエルトリコのクリスマスを恋しく思っていました。そんなイルダマールといとこのサンティアゴが通っていた学校に、公立図書館からやってきたのがプラ・ベルプレさんという英語とスペイン語でお話をしてくれるプエルトリコ人の司書でした。ベルプレさんに誘われたイルダマールたちが図書館へ行ってみると、そこにはスペイン語の本や雑誌がありました。そしてイルダマールたちは、ベルプレさんや「バリオ」と呼ばれる集住地域のおとなたちと力を合わせて、プエルトリコ風のクリスマス(正確には公現節:カトリックの信仰をもつ人びとは、東方の三博士が、誕生したばかりのイエス・キリストを訪問した故事にならい、1月6日にお祝いや子どもたちへのプレゼントをする)のパーティーを開くことになるのです。

 プラ・ベルプレは、米国の公共図書館初のプエルトリコ系司書で、1920年代初頭から子どものための司書として公共図書館で働きながら、プエルトリコの民話にもとづく子どものためのお話などを執筆しました。1996年には、ラテンアメリカにつながるすぐれた児童文学の作家・画家に与えられる「プラ・ベルプレ賞」が設立されています。ちなみに本書は2009年の同賞を受賞しています。

 ここでプエルトリコについて、少しふれておきましょう。プエルトリコは、カリブ海にうかぶ島々で、キューバから東へエスパニョーラ島(ハイチ、ドミニカ共和国がある)を飛び越えたところにあります。プエルトリコはもともと先住民のことばで「ボリンケン」と呼ばれていましたが、1493年にコロンブスによって「発見」され、スペイン語で「豊かな港」と呼ばれるようになりました。それ以来400年にわたってスペインの植民地でしたが、1898年の米西戦争で米国の支配下に入ることになります。そして1917年に住民は米国市民権を与えられるようになり、1952年から自治権をもった自由連合州となったのです。

 また、このプエルトリコからは大陸に多くの移民が渡っています。イルダマールたちもその一員だったというわけです。ちなみに2000年の統計※では、米国の人口のうちおよそ12.5パーセントにあたる約3530万人がスペイン語圏につながりをもっており、プエルトリコ系はそのおよそ10パーセントを占めています。キューバ生まれの作家ゴンサレスと、アルゼンチン生まれの両親のもとにプエルトリコで生まれたデラクレのコンビ(いまは二人とも米国に住んでいます)によって作り出されたこの絵本には、自分の意志とは関係なく外国で暮らすことになった子どもたちの心に、司書を含めまわりのおとなたちによってともされた灯りが映し出されているように思います。

 最後になりましたが、本書は英語とスペイン語併記の絵本で、出版元のChildren’s Book Pressは今年で創立35周年を迎えるマイノリティの子どものための本を専門に扱うアメリカ合衆国サンフランシスコの出版社です。

参考資料※『アメリカのヒスパニック=ラティーノ社会を知るための55章』 大泉光一、牛島万編著 明石書店 2005年を参照
(おはなしのろうそく) ルシア・ゴンサレス文、ルル・デラクレ絵、2008、Children's Book Press