CLIJALの活動から~ 負の歴史と向き合うアルゼンチン児童文学
宇野 和美
4月末に、はじめてアルゼンチンを訪れました。ブエノスアイレスのブックフェアが目的でしたが、それ以上に印象深かったのがla nube(雲)という名の私立図書館でした。スペインでは、内戦からフランコ死去まで続いた40年近い独裁で、それ以前の児童書の多くが失われてしまったので、アルゼンチンもそうだろうと勝手に思っていたのですが、宿を提供してくれた児童書編集者のジュディが「絶対見るべき」と案内してくれたこの図書館には、元小学校教師の館長パブロ・L・メディーナさんが収集した、7万冊にものぼる、独裁(1976~83)以前から現在に至る子どもの本が収蔵されていたのでした。
私が訪れたとき、読書室の一角では、児童書研究者を中心とした7、8名のグループが勉強会を開いていました。ピノキオのコレクションや日本の紙芝居もある貴重な蔵書のほかに館内には、1000冊以上の貸出用の本のコーナー、古本から新刊までを扱う書店、映画やオーディオビジュアルの歴史をたどる品物(蓄音器や昔の映写機など)を集めた部屋や、人形劇の舞台、外遊びのできるパティオもあります。現在の場所に来てからは10年ちょっとですが、la nubeの活動は1975年から続けているそうです。
私が以前にアルゼンチンの作家オスバルド・ソリアーノ文/ファビアン・ネグリン絵『ぼくのミラクルねこネグロ』(独裁時代にパリに亡命した一家の男の子のお話:アリス館)を翻訳したことを告げると、パブロさんは、出版されたばかりの、ガブリエラ・ペスクレビ著Libros que muerdenという本を見せてくれました。これは「有害な本」として独裁の7年間に発禁処分となった児童書のカタログです。ジャングルに帰るためにゾウなどサ
ーカスの動物たちがストをするという、エルサ・ボルネマン(1952-2013)のUn elefante ocupa mucho espacio(ゾウはたくさん場所をとる)、線があったら何ができるかをマンガ風のしゃれたタッチで描いたベアトリス・ドウメルクのLa línea(線)(これは発禁第1号の本だそう)、サン=テグジュペリの『星の王子さま』など、禁書になっていた本を1冊1冊とりあげ、その背景や著者のプロフィールを解説している貴重な資料。
また、ブックフェア期間中に、アルゼンチンのIBBY(国際児童図書評議会)支部ALIJAが前年度出版された児童書から選ぶ優秀図書が発表になるのですが、今回の大賞および出版社賞に、¿Quién soy? (私はだれ?)が選ばれたのも興味深いことでした。これは、独裁時代に行方不明になった、当局に逮捕された若者たちの子どもの実話に基づく4つの物語をおさめた本で、4組の作家(2年前に国際アンデルセン賞を受賞したマリア・テレサ・ア
ンドルエットなど)と画家(『パパとわたし』(光村教育図書)のマリア・ウェレニケなど)が、それぞれに力のこもった作品を書き、モデルとなった若者たちのコメントが添えられています。行方不明になった子どもたちと同世代の編集者の思いから発したプロジェクトです。
5月には、独裁時に行方不明になった孫たちを探す「五月広場のおばあさんたち」がツイッターでお話を募集するイベントが開催されました。審査員が選んだお話に、『かぞくのヒミツ』(エイアールディー)のイソールや、マリア・ウェレニケ、ナシオン紙に連載のコマまんが『マカヌード』で人気のリニエルスなどが絵をつけるのだそうです。
この深い陰影のある国の文学を、こういった背景も含めてさらに紹介していけたらと思います。