CLIJALの活動から~ ジョローナ
伊香祝子
今回は少々趣向を変えて、「ジョローナ」という米国南西部からチリに至るまでの広い範囲(主にスペイン語圏)で知られるお化けの話をします。ジョローナ(llorona)はスペイン語で泣くという行為を表す動詞“llorar”からできた言葉で「泣き虫の女、ぐちっぽい女」などという意味がありますが、女性定冠詞”la”を伴い大文字で始まる”La Llorona”は、ちょっ
と特別な存在です。
ジョローナの言い伝えには諸説あるのですが、最大公約数としては、(1)美しい娘が、よそから来た男と恋をし、子どもをもうける、(2)男の裏切りによって錯乱し、わが子を水死させてしまう、(3)子どもを手にかけた苦しみから、夜になると水のある川や湖沼などに現れて、すすり泣きながらさまよう悪霊となり、水辺に近づくものに悪さをする、というものです。したがって、子どもたちは「ジョローナが来るから、水辺に近づいてはだめだよ」とか「夜出歩くと、ジョローナに連れて行かれるよ」などといっておどかされるのです。
諸説と言いましたが、メキシコでは、スペインによる植民地支配の行われていた16世紀に実在した女性(征服者コルテスの右腕となって働き、子をもうけた先住民族女性マリンチェ、また身分違いの恋をして裏切られた女性など)と重ね合わせて語られたり、先住民族の女神が形を変えたものとする説もあります。
ここで、映像や本の形で接することのできるジョローナ像のなかから、現時点でわかる範囲でいくつか挙げてみたいと思います。
まず、最も典型的なものとしては、民話研究家・作家のジョー・ヘイズ(Joe Hayes)が英語と、部分的にスペイン語で語るラ・ジョローナの伝説 http://www.youtube.com/watch?v=D3MK6q_vfGk(リンクはyoutube)があります。ちょっと怖くて面白い怪談といった趣です。
一方、米国のチカーノ(メキシコ系アメリカ人)社会に生まれ、新しいチカーナ女性像を追求したグロリア・アンサルドゥーアのジョローナ像は、ポジティブなものです。彼女は、バイリンガルの絵本『プリエティータとジョローナ』で、母親のための薬草をとりに出かけ、迷子になった少女を、暗闇の中で導く存在としてジョローナを描いています。アンサルドゥーアは、伝説のジョローナが、邪悪なだけの存在なのか、子どものころから疑問に思っていたそうです。また、シカゴ生まれの詩人サンドラ・シスネロスは、DVから逃れ、子連れで米墨国境を超える女性が、「泣く女」ではなく「大声で笑う女」としての自分を発見するお話を書いています。いくつかの作品で典型的なジョローナを登場させるルドルフォ・アナーヤも、太陽の子として永遠の命を持って生まれたために、時の神にねたまれ、だまされてわが子を手にかけた娘=ジョローナという新たな解釈の物語を書いています。
こうした創作や再話は、時代や語り手によって、聞き手が抱くイメージが変わりうること、そこから新しい語りが生まれてくる可能性を私たちに教えてくれます。
シスネロス、サンドラ『サンアントニオの青い月』
くぼたのぞみ訳 晶文社、1996
Anaya, Rudolfo “La Llorona/ The Crying Woman” 2011 Univ. of New Mexico Press
Anzaldúa, Gloria “Prietita y La Llorona/ Prietita and the Ghost Woman” 1996 Children’s Book Press