網野真木子
今回は、エルサルバドルの人びとのあいだで語り継がれてきた愛すべき存在「シピティオ」をめぐるお話をしましょう。
シピティオEl Cipitíoという名は、ナワ系言語で子どもを意味するCipitからきており、そのとおり子どものような背丈です。シグアナバという女性が夫への裏切りを神に罰せられさまよう身となる伝説の中で、置き去りにされた息子シピティオも罰として永遠に成長をとめられたといいます。彼の特徴は小さな身体だけではありません。突き出たおなかにつばの広いとんがり帽子、そして正面から見ると後ろ向きに立っているように見える、つまり足が反対向きについているというのが大方の説です。面白いことに、ドミニカ共和国のシグアパやブラジルのクルピラなど、ラテンアメリカには、追いかけていく人を惑わせるような足跡をつける、同じ仲間がいます。シピティオは神出鬼没の超能力を備えているともいわれ、森に住み、川べりで遊ぶ子ら(とくに若い娘)をからかったり、夜になると台所に忍び込んで灰を食べたり、屋根に小石をぶつけて子どもを遊びに誘い出したり、何かと悪戯好きですが、邪気は少ないようです。先日、エルサルバドルから来日したカステジャノスさんが東京の子どもたちに昔話を語ってくれる機会がありましたが、そこに登場したのは、「マタテロ、テロ、テロ...」と呪文を唱えて悪い人を石に変えてしまうシピティオでした。
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もう一冊は、エルサルバドルからアメリカに移り住んだ詩人・絵本作家であるホルヘ・アルゲタの『El Zipitio』(2003)です。この本のシピティオは少々趣がちがい、大人になろうとしている少女の前に現れて、愛をささやく存在です。少女ルフィーナは母親からまもなくシピティオが現れると聞かされて、不安でいっぱいになりますが、母親はシピティオを怖がってはいけないこと、彼が現れたらどうすればいいかをこっそり教えてくれます。一種の誘惑者と受けとれそうな性格もまた、語り継がれてきたシピティオの別の一面かと思われますが、作者は、そんなシピティオに対し少女がいかにふるまうかをテーマにしています。結末で、「海の波をとってきて」と頼まれたシピティオは、渡されたカゴを大喜びで受けとると、海へ向かって走り出し、二度と姿を現さないのですが、そこには作者独自のユーモアや若者への温かな眼差しが感じられます。
1990年代には現代の町を舞台にした実写版「シピティオの冒険」がつくられ、今もテレビで新シリーズを放映中とのことですが、シピティオをめぐるものがたりは今もたえず新たに紡ぎだされ、子どもたちとの楽しくひそかな交流は続いているようです。
Argueta, Manlio"El Cipitío", Editorial Legado, 2006
Argueta, Jorge; Calderón Gloria(ilus.)"El Zipitio", Groundwood Books, 2003